徒然狸 -タヌキの日記-

明けぬ夜の燈明

免疫組織化学染色について

ずいぶん昔に、後輩のために残した文書だけど、もしかしたら今の初学者の参考くらいにはなるのではないかと思いアップします。。

※あくまで無機材料化学者が必要に迫られて実用のため独学した内容なので、細胞生物学的な厳密な正確さはありません。想像や勘違いを含むと思ってください。

 

免疫組織化学染色講座

 

1.細胞を染色するということ

細胞を用いて実験を行う場合,あるタンパク質Aが細胞内のどこにあるかを特定することが重要になることがある.しかし細胞を普通の光学顕微鏡で見ても透き通って何も見えない.位相差顕微鏡を用いれば細胞の内部構造がぼんやりと観察されるが,それは細胞の「厚さ」など光の位相をずらす要因を読み取っているに過ぎない.そのため,タンパク質Aが細胞内のどこにあるかを知るためには,そのタンパク質を特異的に染色する必要がある.

細胞内の特定のタンパク質を染色する方法としておそらく最も広く知られているのは,標識ファロイジンを用いたアクチンの染色である.ファロイジンはタマゴテングダケという毒キノコから得られるタンパク質毒であり,細胞骨格の一つとして知られる「アクチン」に特異的に強く結合することが知られている.ただし,ファロイジンも特に色が付いているわけではないため,そのままでは細胞染色に使用することはできない.そこで,このファロイジンを蛍光色素などで標識したものが市販されている.例えば,ローダミンという赤色蛍光色素で標識したファロイジンは,「ローダミンファロイジン」といった商品名で販売されている.このローダミンファロイジンを細胞内に投与してやると何が起こるだろうか.細胞内に侵入したファロイジンは,細胞内に存在するアクチンに対し特異的に,強く結合する.このファロイジンにはローダミンが金魚の糞のようにつきまとっている.つまり,細胞内のアクチンに対してローダミンがまとわりついた状態になる.アクチンがローダミンで染色されたのである.この状態の細胞を蛍光顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡で観測してやると,細胞骨格であるアクチンが細胞内に張り巡らされている様子が見られる.

 

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図1.ローダミンファロイジンで染色された細胞内のアクチン.

 

また,ファロイジンのように細胞内の特定の部位に強く結合する物質として,Hoechst33342Hoechst33258といった有機化合物がある.これらは二本鎖DNAに特異的に結合する青色蛍光色素として非常によく知られている物質である.上述したファロイジンのようにHoechstを細胞内に投与してやると,二本鎖DNAが豊富に含まれている部位,即ち細胞核を染色することができる.

 

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図2.アクチンと核を二重染色された細胞.

赤色と青色の蛍光は別々に撮影し,あとで合成してある.

 


2.免疫システムを利用した細胞染色――免疫組織化学染色

2-1.抗体の性質

さて,ここまでで細胞内のアクチンと核を染色することができた.このふたつの染色は論文中でも非常に頻繁に見かける重要なものである.しかし,もちろん細胞の中にある物質はアクチンと核の2種類だけではない.細胞の中は現在に至っても分析しきれていないほどの多種多様なタンパク質で溢れかえっている.細胞接着の研究において特に重要なものとしては,インテグリンやビンキュリン,フォーカルアドヒージョンキナーゼ,タリン,パキシリンなど,接着斑形成に関わるタンパク質が挙げられる.これらのタンパク質は残念ながら,アクチンや核のように単一の試薬を投与するだけで簡単に染色するわけにはいかない.しかし,実にエレガントな染色方法がある.

我々の体内には免疫システムが構築されており,これにより体外から侵入した細菌やウィルスなどを排除することで健康を保っている.そしてその一端を担っているのが抗体と呼ばれるタンパク質群である.生体内における抗体の働きについては専門書を参照していただくとして,本文書において重要なのはただ一点.即ち,抗体はある特定のタンパク質にのみ特異的に結合することのできるすごい物質である,という点だ.1.で紹介したファロイジンは,アクチンに特異的に結合する物質であったが,逆にアクチン以外の物質には結合することはできない.しかし抗体の場合,任意のタンパク質に対して特異的に結合するものを作製することができる.もちろん,「抗体」という一種類の物質が,いろんなタンパク質に結合するわけではない.例えば,タンパク質Aに結合する抗体は「A抗体」,タンパク質Bに結合する抗体は「B抗体」というように,様々な種類の抗体があり,市販されている.つまり,タンパク質Aを染色したければ,「抗A抗体」を買ってくればいいわけだ.こういった,抗体の性質を利用して細胞を染色する手段を免疫組織化学染色(免疫染色)という.

 


2-2.IgG抗体概説

ここでしばしクールダウンして,そもそも抗体とは何者か,という点に触れておく.抗体の実体は,Ig(イムノグロブリン,immunoglobulin)というタンパク質である. IgにはIgG,IgM,IgAなどいくつかの種類(クラス)があるが,免疫染色で通常使用されるのはIgGというクラスの抗体であり,本文書において「抗体」は原則としてIgGを示す.図3に示すとおり,IgGはY字型をしたタンパク質である.生理条件下でIgG抗体が本当にY字型をしているのかどうかは知らないが,IgGを扱う教科書では必ずY字型で表しているため,本文書でもそれに倣う.さて,Yの両腕の先端部分には,「可変部領域」という部分があり,ここでターゲットのタンパク質(抗原)を識別し,結合する(抗原抗体反応).たとえば,タンパク質Aを認識し結合する可変部領域を持つIgGは,タンパク質Aに特異的に結合する.可変部領域がどのタンパク質に結合するかで,そのIgGの性質が決まるのである.ちなみに抗体は人工的に合成することはできないため,動物の体内(あるいは抗体生産用の特殊な培養細胞内)で作られたものが精製され,販売されている

 

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図3.IgGの構造.可変部位の性質によって抗体の性質が決まる.

 


2-3.抗体を用いる細胞染色

ここからは実際に抗体を使用して細胞を染色する手順を示していく.だがその前に,重要なのが抗体の選定である.前述したファロイジンでは,どんな動物の細胞内にあるアクチンでも染色することができる.しかし抗体ではそうはいかない.抗体で細胞を染色するためには,「何の動物由来の」「どのタンパク質を」「何の動物の体内で作られた抗体で染色するか」,という三点を気にしなければならない.これらの要素を自由に組み合わせられることが免疫染色の自由度を高めており,また同時に初学者にとって免疫染色の最初の難関にもなっている.

ここで実際の免疫染色のイメージを大雑把に見てもらおう.図4に示したのは,細胞の中にあるビンキュリンというタンパク質の免疫染色の流れである.動物の名前がいくつか登場するが,今は気にせず大雑把に説明する.まずビンキュリン(図4左)に対して「抗ビンキュリン抗体」を結合させる(図4中).この抗体には色素が付いていないため,このままでは観察できない.そこで,抗ビンキュリン抗体に対し,色素で標識した別の抗体を結合させる(図4右).これで,ビンキュリンを色素で染色できたことになる.図4右で抗体に対して抗体を結合させることに違和感を覚えるかもしれないが,何も不思議はない.抗体自体も一種のタンパク質なので,「抗体に特異的に結合する抗体」も存在し,広く市販されている.なお,図4中で使用している標識されていない抗体を「一次抗体」,図4右で使用している色素で標識された抗体を「二次抗体」という.

 

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図4.ヒト由来ビンキュリンの免疫染色の流れ

 

一次抗体を標識せず,わざわざ二段階で抗体を作用させる理由は幾つかあるが,主な理由としては単純に製造・販売のコストにあると考えられる.一次抗体の種類は「様々な動物の」「様々なタンパク質」の組み合わせだけ存在するため,その数は膨大になる.実際フナコシあたりの抗体カタログは大型辞典クラスである.一方で,標識として使用される色素も赤・青・緑・黄色……種類が多く,また金ナノ粒子や酵素なども標識として使用される.これら,抗体と標識のすべての組み合わせを製造・販売するには天文学的な手間がかかるし,価格も跳ね上がる.しかし,二次抗体の種類としては「様々な動物の」「いくつかのクラスのIg」の種類分だけあれば良い(実際にはクラスの下にサブクラスという小分類があるためもう少し種類が多い).そのため,二次抗体の方に標識をしておいて,一次抗体と組み合わせる方が製造者にも使用者にも便利なのである.ちなみに,標識された一次抗体もまれにではあるが販売されている.この標識一次抗体を使用すれば二次抗体無しで細胞を染色することが可能である.

 


2-4.抗体の選定

だいぶ話が逸れたが,次に上の解説でなおざりにしていた「動物の名前」について説明する.まず,図4左の「ヒト由来ビンキュリン」だが,これはそのまま「ヒトの細胞内にあるビンキュリン分子」である.次に,図4中に「ヤギ由来抗ヒトビンキュリン抗体」という抗体が登場する.名前は厄介だが,話は簡単であるから安心してほしい.図5にヤギ由来抗ヒトビンキュリン抗体の生産の流れを示す.

 

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図5.ヤギ体内における抗体生産の流れ.

 

まず,ヒトの体内から採取されたビンキュリン分子をヤギの体内に投与する.すると,ヤギにとってヒトのビンキュリンは「異物」であるため,自己防衛のために抗体が生産される.これを精製して得られるのが,試薬としてのヤギ由来抗ヒトビンキュリン抗体である.この抗体をヒトの培養細胞の中に投与してやれば,細胞内のビンキュリンに特異的に結合するのである(図4中).なおこの場合,得られた抗体の「抗原種」はヒト,「免疫動物」はヤギ,「抗原」はビンキュリン,「クラス」はIgGである,と一般に表現される.カタログから抗体を選定する際,慣れないうちは「抗原種」と「免疫動物」を取り違えやすいので注意してほしい.

前述したとおりこの抗ビンキュリン抗体は一次抗体であり標識されていないので,観察のためには色素で標識された二次抗体を追加投入する必要がある.図4右ではマウス由来抗ヤギIgG抗体をモデルとして示した.一次抗体はヤギの他に,ウシ,ウサギ,ニワトリなどなど様々な動物で作製されるが,二次抗体の多くはマウスやラットで作製される.即ちマウス由来抗ヤギIgG抗体とは,マウスに対してヤギのIgGを投与し,その結果マウスの体内で生産される抗体である. しつこいようだがこの場合,抗原種はヤギ免疫動物はマウスである.

なお,ここまでは分かりやすいよう抗体の名前を〇〇由来抗☓☓抗体としてきたが,一般的には「由来」は省く場合が多い.つまり,「ヤギ由来抗ヒトビンキュリン抗体」は一般的には「ヤギ抗ヒトビンキュリン抗体」と呼ばれる事が多い.そのため,以下ではこの通例に倣い抗体を呼称することとする.

 


2-5.抗体と動物種

細胞を染色しようとするとなぜ様々な動物が登場するのだろうか.答はおおまかに分けて2つある.ひとつは,単純に同一種の動物で生産される抗体は一次抗体と二次抗体に併用できないからである.要するに,一次抗体をヤギ抗ヒトビンキュリン抗体とし,二次抗体をヤギ抗ヤギIgG抗体とすることはできない.それ以前に,ヤギ抗ヤギIgG抗体というものは存在しない.なぜなら,ヤギから得られる抗体は同じヤギから得られるタンパク質と結合しないからである.もしヤギ由来の抗体がヤギ由来のタンパク質と結合したなら,それは自己免疫疾患という病気である.

様々な動物の抗体が販売されているもうひとつの理由は,多重染色のためである.ここまでの例では,細胞内のビンキュリンのみを染色することを考えてきた.しかし実際の実験では,複数種類のタンパク質,例えばビンキュリンとタリンを別々の色で染色したい,という状況も起こり得る.その場合,多重染色を行うことになる.多重染色の例を図6に示した.なお,ここでは簡単のために抗原の動物種は省略している.

 

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図6.ビンキュリンとタリンの多重染色.

 

順に見ていこう.まず一次抗体として,ビンキュリンにはヤギ抗ビンキュリン抗体を,タリンにはウシ抗タリン抗体をそれぞれ結合させた.そして二次抗体としては,緑色素で標識したマウス抗ヤギIgG抗体と,赤色素で標識したマウス抗ウシIgG抗体を使用した.これにより,ビンキュリンは緑,タリンは赤に染色することができた.

 

ではここで,各抗体の免疫動物を変化させると何が起こるか見てみよう.

 

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図7.多重染色の失敗例1.ひとつの抗原が二色で染まってしまっている.

 

図7では,抗タリン抗体をウシ由来からヤギ由来に変え,それに合わせて二次抗体の片方を抗ウシIgG抗体から抗ヤギIgG抗体に変えた.その結果(図7右),ビンキュリンとタリンが緑と赤両方の色素で染色されてしまった.これではビンキュリンとタリンを染め分けた事にはならず,多重染色は失敗である.このことから,一次抗体の免疫動物は別々の種類にしなければいけないことがわかる.

次に,抗タリン抗体をマウス由来に変え,それに合わせて二次抗体の片方を抗ウシIgG抗体から抗マウスIgG抗体に変えた.

 

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図8.多重染色の失敗例2.ビンキュリンが二色で染まってしまっている.

 

その結果(図8右),二次抗体同士で結合が起こり,ビンキュリンが赤と緑の二色で染まってしまった.これも失敗例である.このことから,一次抗体同士,二次抗体同士でも結合が起こらないよう免疫動物を選定する必要があることがわかる.

以上を総合すると,例えば

・一次抗体の免疫動物をマウス以外の別々の種にする

・二次抗体の免疫動物をマウスのみにする

こういったルールのもとで抗体を選定すれば,多重染色を行えることがわかる.

最後に一つ注意して欲しいのが,「抗ウシIgG抗体」についてである.そもそもIgGは生体内において,血液中に大量に存在するタンパク質である.ここでひとつ思い出して欲しいが,細胞培養実験ではウシ胎児血清(FBS)をよく使用する.当然,この中にはウシ由来IgGが豊富に含まれている.免疫染色で抗ウシIgG抗体を使用する場合,実験系にFBSが残存していると,実験系全体が染まってしまうという事態になる.そのため,抗ウシIgG抗体を使用する際には実験系にFBSが残らないよう入念に洗浄しなければならない.

 


3.抗体選定の実際

3-1.抗体の製品情報の見方

ではいよいよ,実際の抗体の製品情報を見てみよう.図8にWebで参照できる抗体製品情報の一例を示す.

 

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図8.フナコシのWebサイトから参照できる抗体商品情報.

 

これはフナコシのWebサイトで閲覧できるウサギ抗ヒトビンキュリン抗体の製品情報である.「説明」の部分を上から見ていくと,まず

性状:Affinity Purified(アフィニティー精製品)

とある.図5の中に示した「精製」という工程がこれにあたる.この抗体はウサギの体内で生産された後,アフィニティカラムというタンパク質精製法を用いて精製された製品である,ということを意味しているが,これに関してはそれほど気にしなくても良いと思われる.

続いてその下に,

交差性:Human(ヒト), Mouse(マウス), Rat(ラット)

抗原種:Human(ヒト)

という表記がある.抗原種については理解できるだろう.この抗体はヒトから取り出したビンキュリンを抗原として生産されたということだ.問題は「交差性」であるが,これは簡単に言ってしまえば,この抗体はヒト,マウスおよびラット由来のビンキュリンに結合する,という意味である.これまでの話は,抗ヒトビンキュリン抗体はヒト由来のビンキュリンにしか結合しないかのように展開されていたのだが,実は少し違う.例えばヒトとマウスのビンキュリンでは,種が違うためアミノ酸配列に若干の違いがある.とはいえ,生体内で同じ役割を果たすタンパク質同士なので,その性状は非常に良く似ているのである.そのため,抗体によっては抗原種以外の動物のタンパク質にも結合できることがある.これを抗体の「交差性」という.ここで示しているウサギ抗ヒトビンキュリン抗体はヒト由来のビンキュリンの他に,マウス由来とラット由来のビンキュリンにも結合できるという意味で,早い話がヒト,マウス,ラットの細胞染色に使用できるということである.

続いて,

免疫動物:Rabbit(ウサギ)

適用:IF(免疫蛍光法), IHC(免疫組織化学), WB(ウェスタンブロット)

標識:Unlabeled(未標識)

という表記が続く.「免疫動物」に関しては問題ないだろう.「標識」については,この抗体は色素などで標識されていない,という意味である.つまり,免疫染色に於いてはこの抗体は一次抗体としてしか使用できないということだ.「適用」というのは初出だが,特に難しいことはない.本文書では免疫組織化学染色を行うために抗体について述べているが,抗体の用途は免疫染色以外にも色々ある.しかし抗体製品には「個性」があり,ある用途には使用できるが,ある用途には使用できない,といった違いが製品ごとにある.ここで示されている「IF(免疫蛍光法)」は,タンパク質を蛍光色素で染色して分析する実験を示しており,また「IHC(免疫組織化学)」は細胞や動物組織を染色して分析する実験を示している.本文書の目的は細胞の蛍光観察であるから,IFにもIHCにも含まれる.つまり,この抗体製品は本文書の目的に適しているということがわかる.「WB(ウェスタンブロット)」に関してはここでは詳述しないが,電気泳動を利用したタンパク質の分離分析の手法の一つである.

さて,一番下には

製品種別:抗体 (Polyclonal Antibody)

とある.よく見ていただきたい.Polyclonal Antibody……すなわちこの製品は「ポリクローナル抗体」であることを示している.

ここまで触れてこなかったが,実は抗体製品には「モノクローナル抗体(通称モノクロ)」と「ポリクローナル抗体(通称ポリクロ)」の2種類がある.簡単に言うと,「モノクローナル抗体」という製品は,抗原蛋白のある部分だけに結合する抗体だけが含まれているのに対し,「ポリクローナル抗体」という製品では抗原蛋白のいろいろな部分に結合する抗体の混ざりものである.例えば,アミノ酸配列「MVQIPQNPLILVDGSS」を持つタンパク質にモノクローナル抗体を作用させると,すべての抗体はこの配列のある一部分,例えば「MVQ」のみに結合する.しかしポリクローナル抗体では,「MVQ」に結合する抗体,「IPQ」に結合する抗体,「NPLIL」に結合する抗体……といろいろなヤツが混ざっているのである.免疫染色におけるこれらの利点欠点をおおざっぱに述べると,モノクローナル抗体の場合は狙ったタンパク質だけを確実に染色できる確率が高い.逆にポリクローナル抗体では,狙ったタンパク質以外のタンパク質にも結合してしまう確率がモノクローナル抗体より少しだけ高い(非特異的吸着).しかしポリクローナル抗体は狙ったタンパク質の一箇所ではなく,様々な部分に結合するため,染色像が明るくなるという利点もある.

図5に示したのはポリクローナル抗体の生産法である.モノクローナル抗体の生産法は少し特殊である.免疫動物に対して抗原を投与するのはポリクローナル抗体と同じだが,モノクローナル抗体の生産ではこの後,免疫動物から抗体を生産する細胞を取り出す.これを別の細胞と融合させて,「抗体を作りつつ増殖もする細胞(ハイブリドーマ)」に変化させる.あとはこのハイブリドーマのうち,目的の抗体を生産しているものを1細胞だけ分離し,これを培養して抗体を生産させる.このとき,抗体を生産している細胞はもとは1個の細胞から始まったクローンであるため,生産される抗体もすべて同じ性質を持っている.これがモノクローナル抗体(ひとつの細胞のクローンを用いて生産される抗体)である.

 


3-2.抗体の選び方

免疫組織化学染色に必要な大まかな知識はここまでで述べてきたとおりである.本文書の最後に,抗体を実際に選定する際のモデルケースを紹介する.

 

Mission:ラット由来骨芽細胞のビンキュリンを緑色に蛍光染色せよ

 

ここではフナコシのWebカタログで目的の抗体を探していく.早速だがまずは一次抗体を探そう.Webカタログの検索画面を図9に示した.検索条件が細かく設定できるようになっている.

 

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図9.フナコシのオンライン抗体カタログ.

 

まずは免疫種などは気にせず「抗ビンキュリン抗体」をさがすため,「品名/キーワード」欄に「vinculin」と入力し,検索をかける.106件がヒットしたので,「抗原種」を「ラット」に設定して絞り込みをかける.0件,該当なし.どうやらラットビンキュリンを抗原にした抗ビンキュリン抗体は販売されていないらしい.だが諦めてはいけない.抗原種は諦めて「交差性」をラットに設定し,検索をかける.22件ヒット.次に,「適用」を「IF(免疫蛍光法)」にして絞り込み.15件ヒット.クラスがIgGでないと二次抗体が探しにくいので,「クラス」を「IgG」に指定し,絞り込み.14件ヒット.あとは価格と量で検討していくと良いだろう.初めて買う抗体の場合,まずは容量が少なく安いものを選ぶほうが良い.実は近年でこそ抗体製品の品質は上がってきているが,買った抗体が製品情報通りに動作しないということは稀に起こるのである.どうしても心配な場合は,シグマなど返品に応じてくれるメーカーを利用するのが無難である[1].さて,ちょうど良いのが見つかった(図10).マウスモノクローナル抗ヒトビンキュリン抗体である.抗原種はヒトだが,ラットにも交差性があるため問題ない.200 µlで48,000円は高いように思えるが,これが抗体の相場である.また,「データシート」ボタンを押して表示されるデータシートには,「IF: Use at a dilution of 1/400.」とある.つまり400倍に希釈して使用するのが適正濃度であるため,計算上は80 mlの抗体溶液として使用できるわけである.なお,データシートには抗体のクラスが「IgG1」とサブクラスまで記載されているが,二次抗体としては「抗IgG1抗体」か「抗IgG抗体」を選定すれば良い.また保存条件については抗体により「4°C(冷蔵庫)」や「-20°C(冷凍庫)」の違いがあるためよく注意すること.

 

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図10.マウスモノクローナル抗ヒトビンキュリン抗体.

 

これで一次抗体は見つかった.次は二次抗体である.再びフナコシWeb検索に戻る.まず,一次抗体の免疫動物はマウスであるから,抗マウスIgG抗体を探す.「抗原種」を「マウス」にし,「品名/キーワード」を「anti-IgG」にして検索.2500件以上ヒット.次に標識を決める.緑の蛍光色素としてはFITCが代表格であるため,「標識」で「FITC」を選択し,絞り込み.354件ヒット.これ以上特に絞らなければいけない条件はないが,今回はポリクローナル抗体をチョイスしてみよう.299件ヒット.これ以上は絞りようがないため,最も安いものを採用(図11).

 

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図11.ヤギポリクローナル抗マウスIgG抗体(FITC標識).

これで二次抗体も選定完了である.選定した抗体は,データシートを精読しておくことが重要である.

最後に,アクチンを赤,ビンキュリンを緑,核を青で染色した細胞の蛍光顕微鏡写真を右図に示す.免疫染色は抗体選定や染色条件の検討など苦労が多いが,それ故に綺麗な染色像が得られたときの喜びはひとしおである.

以上,健闘を祈る.

 

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[1] シグマNo Risk 抗体お試しプログラム

http://www.sigmaaldrich.com/japan/lifescience/antibody/no-risk.html





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