徒然狸 -タヌキの日記-

――空。美しい空。悲しい空。何かを置き忘れてきてしまったような、空。

雪と冷凍睡眠

10時前、駐屯地に向かっている途中で雨が雪に変わり始め、やがてドカ雪が降り始めました。
積雪を期待しましたが、生憎牡丹雪で積もらず。
ただ、よい風景でした。
そういえば昔、秋田で雪に降られたことがありまして。
牡丹雪サイズの雪だったので、東京ならば地面に落ちるとすぐとけてしまうような感じでしたが、なにしろあちらは寒い。
地面に落ちるととけずにそのまま積み重なっていきまして、30分足らずで1センチくらい積もってしまいました。
赤いタイルの道がうっすら雪を被り、大層綺麗でした。
いずれは北に住んでみたいものです。
 
= = =
 
ここ数日、細胞の蛍光染色(細胞内の特定のタンパク質を蛍光で光らせて観察することで細胞の状態を知る技術)の条件振りをしていまして(写真)。
結局は今までの方法がベターであることが判明し、条件振り自体はそれほど意味はありませんでしたが、細胞の目的の部位は今まで観察していた部位ではなく、別の部位であることに気付きました。
具体的には、基板に接着している細胞の足「接着斑」を見ようとして、あまり関係ない部分を見ていたのでした。
……論文出す前でよかったです。
 
あと以前、思いつきで作って放置していたアンチフェード剤を、今回ためしてみました。
アンチフェード剤とは、蛍光色素の褪色を防ぐための薬品です。
普通、例えば蛍光塗料の蛍光は長時間光らせたり放置したりしても色あせることはありませんが、細胞の染色に使う蛍光色素は、光らせているとどんどん色あせて(フェード、褪色)、割とすぐに光らなくなってしまいます。
特に、今使っているFITCという色素は褪色が早くてゆっくり観察している暇がなく、観察部位を間違えていた原因の一つでした。
ところが今回、アンチフェード剤を使ってみると。
すごい。
全然褪色しない。
それどころか、今までの100倍くらい強く光らせてもあまり褪色しないので、綺麗な像をゆっくり観察できます。
……早く使えばよかった。
学会半月前になって、色々スキルアップできました。
 
= = =
 
昨夜、N少佐からメール。
凍結保存していた細胞が全滅したとの連絡。
……細胞というのは、適切な手段を踏めば液体窒素の中で冷凍睡眠させることが出来ます。
その液体窒素は常に蒸発していくので定期的に補給してやらないといけないのですが、おそらくそれを忘れていたのでしょう。
株細胞のL929細胞(フィーちゃん)はとりあえず、今いるのを増やして、また凍結してやればいいと思いますが、骨芽細胞(ぶーちゃん)の方は正常細胞なので、今いるのを凍結するのは好ましくありません。
株細胞は安定して無限増殖する不老不死の細胞ですが、正常細胞は培養を続けると老いたり、性質が変わったりしてしまう可能性があります。
細胞を凍結保存しておくのは「若い新鮮な」細胞が必要になった場合に備えるためで、何ヶ月も培養し続けた今のぶーちゃんを凍結してもあまり意味はないのです。
新しく買うしかありませんが、研究室というのはこの時期、経理報告をするため予算がほぼ0の状態。
四月まではどうにもなりません。
とりあえず、今いるぶーちゃんが死なないように、細心の注意を払わなければ……。
 
ちなみに、細胞を凍結・解凍する手順を参考までに。
とはいっても以前本で読んだだけの知識なので、例によってあまりあてにはなりません。
さて、細胞も不用意に冷凍すると死にます。
これは何故かというと、大きな原因は氷の結晶にあると言われています。
細胞を冷凍すると当然、細胞の中の水分も凍って氷の結晶ができます。
この時、鋭く鋭利な結晶ができると細胞自身が傷ついてしまい、死に至ります。
そのため、なるべくマイルドな結晶が出来るような凍らせ方をするのが重要になります。
方法としては、まず凍結保護剤?とかいう物質を培地に混ぜてやります。
具体的には、細胞に無害な有機溶媒であるDMSO(ジメチルスルホキシド)というものが使われるようです。
そして凍結していくわけですが、なるべくゆっくり凍らせるようにします。
プログラムフリーザという温度を段階的に変更できる冷凍庫を使えば自動的にやってくれます。
ない場合は、例えば、まず冷蔵庫(4℃)に何時間入れて、冷凍庫(マイナス20℃)に何時間入れて、ディープフリーザ(マイナス80℃)に一晩入れて、最後に液体窒素(マイナス196℃)に入れる、ということをします。
これで何十年でも大丈夫かというと、実はそうではないらしく、時間軸のスケールは忘れましたが、解凍した際の生存率は年月が経つごとに確実に減少していくそうです。
これは、細胞の代謝液体窒素の中でさえ非常にゆっくりと進行していて、しまいには餓死して(あるいは歳老いて)しまうためといわれています。
 
次に解凍です。
細胞を解凍することは俗に「細胞を起こす」ともいわれます。
さて、細胞を安全に起こすためのポイントは、やはり氷の結晶にあります。
氷を溶かすときに結晶の心配をするのはおかしい気もしますが、そうでもないのです。
極低温の氷を溶かすとき、「氷が溶けたり凍ったりを繰り返す温度」が存在します。
それはマイナス20℃であるといわれており、細胞を起こす時にこの温度が長く続くと、細胞の生存率は著しく低下します。
そのため、細胞を解凍する際には「一気に溶かす」ことがポイントになります。
細胞が入った容器を37℃の湯に漬けるのです。
ただし、完全に氷が無くなるまで漬け続けるのではなく、半解凍になったら湯から出し、あとは余熱で完全解凍させ、あとの作業は0℃に保ちながら行います。
この時、細胞は培地に浸かっていますが、培地は新鮮ではなくしかも凍結保護剤入りで、あまり細胞にとって良い環境ではないため、環境が調うまで細胞の代謝を抑えておくためだと思います。
解凍した細胞は培地ごと、新鮮な培地に投入し、遠心分離して細胞だけを取り出します。
それを新鮮な培地に移し、37℃の培養器に入れて作業終了です。
お疲れ様でした。
 
解凍後の生存率は通常、90から80%くらいのようです。
高い気がしますが、人間の冷凍睡眠に当て嵌めるとなかなか厳しい数字です。
脳の20%、心臓を始めとする臓器の細胞がそれぞれが20%死ぬ。
恐ろしいですね。
SFの中の技術で、冷凍睡眠だけは永遠に実用化されないんじゃないかなと、思う今日このごろなのでした。
 





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