徒然狸 -タヌキの日記-

――空。美しい空。悲しい空。何かを置き忘れてきてしまったような、空。

ゴールについて

どうせ誰も見ていないので恥ずかしげもなく書いておく。
かつて科学者だったころ。
忘れたくなかったこと、大切にしたかったものの欠片だ。
 
それで、その研究のゴールはどこ?
 
と聞かれたことがある。
意地悪にではなく、純粋に聞かれた。
その時僕は、研究にゴールがあることを知った。
 
科学者の仕事は、モデルを作ることである。
平たく言えば、世界を数式に落とし込むことだ。
こういう場合は、こうなりますよ。
すべての事象に一意の答を出すことが科学者の仕事なんである。
 
でも、本当に神羅万象、すべてに一意の解を見出すこと。
これは一人の科学者にできうることではない。
これは一人の科学者が持つべきゴールではない。
 
それは世界を変えること。
自分の研究の延長上にある、理想の世界。
それが、個々の科学者が持つゴールだ。
 
例えば、バイオトランスフォーメーション(生体内変化)を専門とする科学者がいる。
彼は、通常の有機化学者とはちがい、有毒な重金属触媒や高エネルギーを消費する反応容器を用いることなく、
生物の力を借り、ガラスのフラスコの中で、常温で、穏やかに、目的の化学物質を作り出すことができる。
彼のゴールとは何か。
煙を吐き出し続ける煙突も、高温の炉も、有害な廃液もない、植物でいっぱいの工場が人類に必要な化学物質、医薬品を生産する、絵にかいたような未来の世界だ。
何を絵空事をと思うだろうか。
しかしその絵空事こそが彼の真のゴールなのである。
その果てしないゴールがあるからこそ、彼は迷うことなく、まっすぐに、ゆっくり、確実に、研究を続けていけるのだ。
生体触媒を使って、1%でも反応の効率を上げる方法を考え、ほんのわずかな反応副産物にも頭をひねり、ときにはフラスコに話しかけたりもするのだ。
 
研究って、何だろう。
 
科学者のやってること。
それはまあ、研究だ。
じゃあ、政治家が、勉強会を開いて、どうしたら国を護れるのか話し合うことは?
それも、間違いなく研究だ。
国を護る研究。
トラックの運転手が、どういう風に走ってどこで給油してどこで仮眠をとるか、計画することは?
研究だ。
この国の血流を効率化する、とっても大切な研究だ。
 
仕事は、ぜんぶ研究だ。
 
研究にはゴールがある。
必ずある。
政治家のゴールは?
外国との摩擦がない、物流が盛んな、貧富の差のない、みんながおかしそうに生活している世界を作り出すことだ。
絵空事に思える?
でもそれがゴール。
このゴールを目指せば、たとえ失策があっても転んでも、起き上がったときには皆おなじ方向を向いて、歩き出せる。
トラックの運転手のゴールは?
花屋さんのゴールは?
キオスクのおばちゃんのゴールは?
 
ゴールを夢見ることが、自分の体の向きを決める。
 
自分のゴールとは何か、絵空事を空想すること。
じゃあ、ほんのちょっぴり、そこに近づくにはどうすればいいのか、ときどき考えること。
これが、なんだか大事なことの様な気がした。
 
徒然狸 ―タヌキの日記―
 

筆者は盲導犬を尊敬し、個人的に応援しています。
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