徒然狸 -タヌキの日記-

――空。美しい空。悲しい空。何かを置き忘れてきてしまったような、空。

風と宇宙人

ついにこのキャンパスにも蝉が鳴き始めました。
黄昏時。
都会にはない静かな空。
湿気を含んだ空気。
やや涼しい風。
どこかの出張先で感じたのと同じ風です。
 
……風の感覚というのは匂いの感覚と似ています。
何かの匂いを嗅いだとき、瞬間的に記憶と結び付くような経験はありませんか。
実は、嗅覚というのは人間の五感の中でももっとも古いそうで、匂いを嗅ぐと、その神経インパルスは大脳辺縁系視床下部といった太古から伝わる脳組織へ走り、知覚されます。
見方を変えると、嗅覚は最も本能に関連する感覚というわけで、その関係で凄い速度で処理されるんですな。
反射弓のようなイメージですか。
ちなみに、人間の互換の中で最も発達しているのは臭覚で、人間の嗅覚より敏感な匂いセンサーは現在の技術では作れないそうです。
大分話が逸れました。
風を感じるとやはり、かなりすばやく記憶と結び付きます。
これが何故なのかはわかりません。
風の感覚がかなり嗅覚に依存しているからかもしれませんし、嗅覚を含めた複数の感覚を複合的に使う感覚だからかもしれません。
 
「感覚」というものを題材にした短編のSF小説を読んだことがあります。
作者は忘れましたが、クラークかハイラインか、そのあたりのはずです。
人間と異星人が普通に交流している世界での話です。
その異星人には、地球人にはない感覚を持っていました。
それは物体の「質量」を「見る」ことができるという感覚で、彼等はその感覚を使った芸術を文化として持っていました。
つまり、視覚なら「絵画」とか「イルミネーション」、味覚なら「料理」、嗅覚なら「香水」、のように、彼等は質量を見る感覚を楽しませる術を持っているわけです。
ある人間が、宇宙人のその芸術を見たいと申し出ました。
すると彼等は、人間にもその感覚を体験することが可能であるといいました。
実は人間にも質量を見る能力は備わっており、適当な処置を行えばその力を発揮させることができるというのです。
しかし、人間の質量感覚能力は弱すぎるため、10分も経てば二度と使えなくなってしまう、ということでした。
人間は是非彼等の芸術を見たいと頼みましたが、宇宙人らは渋りました。
その感覚をほんの一時体験し、そして永久に失われてしまうのは、耐え難い苦痛になるだろうという理由でした。
しかし人間はそれでも望み、ついに彼等の「芸術」を目の当たりにしました。
それは彼が想像も出来なかったほどの美しいものでした。
そして10分の後、彼はその能力を失い、途方もない喪失感に苛まれつづけるのでした。
 
この話は、「無い物ねだり」的な寓話になっていますが、同時に、新しい感覚を手にすることの素晴らしさを示唆しているわけです。
私が風を感じることに興味を持ったのは、この話が頭にあったからでした。
きっかけを与えてくれた狛犬と赤帽のゴーストには大変感謝しています。





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