徒然狸 -タヌキの日記-

――空。美しい空。悲しい空。何かを置き忘れてきてしまったような、空。

化学の逆境 第2話

 
性質
 
先生「この前學んだことを云ってご覧なさい」
タヌキ「未知の物質を口に入れてはいけないと云う事、そして、簡単に先生を信じてはいけないと言う事です」
先生「はじめの文句は正しい、が次のは全く正しいとはいえない。わたくしは問題を出しただけで、不都合が生じたのは貴方の不注意です」
タヌ「まだ云いますか」
先生「さて」
タヌ「さて、じゃないです」
先生「では」
タヌ「言葉を変えても同じです」
先生「??」
タヌ「心底分からない、という顔をしても無駄です」
先生「今日は手厳しいですね」
タヌ「まだ死にたくはありませんので」


先生「今日は性質について學びます」
タヌ「はい」
先生「化學を學んでゆくうえでわたくし達がいつも問題にするのはものの性質です。たとえば、ふつうのセルロースとニトロセルロースをいかに区別しますか」
タヌ「・・・分かりません」
先生「嘘を言うのはよくないですね」
タヌ「本当に分かりません」
先生「よろしい、ではこの乳鉢を使って違いを教えて差し上げましょう」
タヌ「それだけは勘弁してください」
先生「ほら、やっぱり嘘でしたね」
タヌ「しまった」
先生「嘘はよくありません」
タヌ「だって、ニトロという名前はいかにも怖そうです。それを乳鉢ですりつぶすのは危険だと思います」
先生「言い訳は聞きません。罰として、実験はあなたにやってもらいましょう」
タヌ「最初からそのつもりでしたね」
先生「とんでもない。それに、ニトロというのは窒素のことです」
タヌ「そうだったんですか」
先生「だから、ニトロという名前が付いた物質が、必ず危険な物質であるわけではありません」
タヌ「わかりました。実験はどのようにするんですか」
先生「よろしい。ではそこにあるニトロセルロースを乳鉢に入れて、乳棒ですりつぶしてください」
タヌ「ところで先生は、どうしてそんなところまで逃げるのですか」
先生「さっきからずっと座っていたので、足が疲れただけです」
タヌ「そうですか。それではやりますよ」
先生「どうぞ」
タヌ「ところで先生は、なぜ耳を塞いでいるんですか?」
先生「疲れているので、こうして伸びをしているのです。うーん」
タヌ「そうなんですか。ではすりつぶします」
先生「・・・」
タヌ「・・・わあ、驚きました」
先生「そうでしょうね」
タヌ「とても大きな音がして、乳鉢がどこかへ行ってしまいました。なにが起こったのですか」
先生「ニトロセルロースが爆発したのです」
タヌ「・・・先生はさきほど、ニトロというのは必ずしも怖いものではないと」
先生「云いましたが、ニトロセルロースは怖い方のニトロです」
タヌ「あ、乳鉢が見つかりました。足元に落ちていました」
先生「乳鉢はどんな様子ですか」
タヌ「どうということもなく、粉々です」
先生「おやおや」
タヌ「おやおや、じゃありません。なんということをするんですか」
先生「わたくしは別になにもしていません」
タヌ「・・・なんということをさせるんですか」
先生「これで、化學では物の性質というものがいかに重要か、体で覚えることができたはずです」
タヌ「物は云い様ですね」
先生「ところで、手の方は無事ですか」
タヌ「もちろん粉々です」
先生「おやおや」





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