徒然狸 -タヌキの日記-

――空。美しい空。悲しい空。何かを置き忘れてきてしまったような、空。

約束について

一年半前。
戦友I氏と再会を果たしました。
I氏はぼくと同じドクターコースにいた先輩だったのですが。
途中で博士号をあきらめ、ご実家に戻っていました。
そして一年半前の再会のとき。
ほとんど冗談めかして、教授がI氏に勧めたのです。
もう一度博士を目指してみてはどうかと。
I氏が博士課程を離れてから数年がたっていましたが、大学のルールにより、まだ博士号を取得する期限切れにはなっていなかったのです。
・・・博士号を取得するための条件は、大学によって多少異なるでしょうが、だいたいこんなところです。
 
1.その大学の博士課程に在籍していること
2.国際誌(全世界の科学者向けに発行される科学雑誌)に、自分の書いた論文が2報以上掲載されること
3.それらの内容を包括する博士論文(日本語または英語)を執筆し、大学内で行う所定の審査・口頭試問を突破すること
 
I氏は1.はクリアしています。
博士号取得をあきらめて大学を離れていましたが、入学から何年以内ならば博士号取得の審査を受けられる、という特別ルールがあるためぎりぎり間に合う状態。
 
プロレスラーの様な風体でありながらやさしくて控えめなI氏は、できるだけ頑張ります、というようなことを言っていました。
酒の席。
けれども酒が大好きなやつらばっかりが集まった席でのその言葉を、勝手ですがぼくは信じたいと思いました。
約束なのだと信じました。
 
そしてI氏はやってくれました。
国際誌に記事をぶち上げ、地方の実家から特攻のように大学まで遠征して博士論文を書き上げ、口頭試問を突破し、最終審査会を突破。
今日、博士号を授与されました。
I博士から送られてきた学位記の写真をぼくは、職場の人間に見せびらかしました。
もちろんみんな「???」でしたが。
 
博士号を取得するのは、もう、修行です。苦行なんです。
博士課程を目指す学生向けの解説本にも、「ああ、いまが人生のどん底だと感じる瞬間が、必ず訪れます」とありました。
東大を出てMITで教鞭を振るったというハリウッド映画に出てきそうな経歴を持つ某教授は、博士課程の新入生を集めたオリエンテーションで恐ろしい話をしてくれました。
「残念ながらここにいるみなさんのうち博士号を取れるのは7割だけです。(中略)わたしも、博士論文を書いているときは三十分おきにゲーゲー吐いてました」
肉体と精神の限界に挑む、登山家が体験するような一種の神秘的苦行が、博士課程にもあるのです。
しかもそれを一度あきらめて、その恐怖を体に刻まれながらももう一度歩き直し踏破したI博士には本当に感動しました。
 
博士、おめでとうございます。
今日あなたに授与されたその称号は、単なる肩書では断じてありません。
それはあなたの勇気、胆力、生命力、科学者たらんとした魂そのものです。
 
徒然狸 ―タヌキの日記―
 

筆者は盲導犬尊敬し、個人的に応援しています。
http://www.moudouken.net/





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