徒然狸 -タヌキの日記-

明けぬ夜の燈明

3人の次郎について

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
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3人の次郎について
 
浅田次郎のファンというか、浅田次郎の著作を生きる教科書にしています。
もはや盲信の域に達しており、手に入る著作は博打指南書まで読みあさり、ついにはもう読む本がなくなってしまいました。
ただ、浅田次郎はご自分では遅筆と評している割にポンポンと新刊が出るので、ただいま出待ち状態です。
 
で、読む本がない。
いうほど読書の時間をとっているわけではないのですが、毎日の通勤時間と出勤から就業前の時間、そして昼休みに飯を食った後から寝落ちするまでの時間。
都合1日1時間半くらいは本を読む習慣があります。
なのでまあ、読む本がないとなんというか、飢餓感を覚えるのです。
 
さて、浅田次郎と名前の似ている作家で有名なのは赤川次郎ですが、これは残念ながら受け付けなかった。
なんというか、文体がだめでした。
浅田次郎は漢語を基本にした力強い言葉遣いでありながら、全体としては水彩画のような、想像を掻き立てる、心の奥底にある好奇心を沸立てるような文章です。
対する赤川次郎は、線画、漫画に近い。
描きたいことをストレートに書き、それを読み手の心になじませようとしてくる、能動的な印象です。
一方で想像力や好奇心が掻き立てられない感じがし、これがあまり好きになれませんでした。
 
そして第三の次郎、登場。
新田次郎
この人は山岳を中心に、極地を舞台とした小説(といっても史実がベースになっているものがほとんど?)を書きます。
これが大ヒットしました。
はまった理由は3つもあります。
 
【1】
・・・じつはわたくし、山岳遭難の著作が大好きでして。
登山家が山に登って行って、なんてことはないちょっとした錯誤からあれよあれよという間に道を失い、幻聴と幻覚に襲われ、ついには進むことも戻ることもできない大自然の「罠」の様な場所に追い込まれていく。
このとんでもねえ恐怖感が大好きなのです。
でまあ「単独行遭難」とか、本当に遭難したその時の写真が挿絵になっている超怖い本をはじめとして、読み漁った時期があったのですが、これは絶対量が少なく、読みつくしていました。
・・・まあ、遭難ものもいいんですが、考えてみれば山に登る本が大好きなのでした。
 
【2】
子供のころは動物の本が好きでした。
シートンもよかったのですが、イチオシは椋鳩十
片耳の大鹿とか、びっこのカガミジシとか、教科書にも採用されてますね。
トリビア的な行動生態学に通じるところを、一般人の目や、猟師の目から追った著作は本当に生々しく、獣臭く、自然の匂いにあふれていました。
都心で育った子供心には、それは異世界の話のようでありながら確かに実話なんだという相対する世界観の渦を巻き起こしたものです。
新田次郎の書く話は山の話と思わせておいて、実は野生動物と相対したりと、忘れかけていた少年心をダイレクトにくすぐってくれます。
 
【3】
絵本が好きだという大人がいますが、ぼくは絵本より児童小説が好きです。
四万十川や兎の目、二十四の瞳などなど、就職して引っ越してから買い直した著作も割とあります。
何がいいって、率直なタッチがいい。
登場人物は、こう思った。
手にしたそれはこんな感触で、こんな様だった。
鉛筆画のように実直で、はっきりとそこにあるものを描き出す感じ。
実に素朴な登場人物、その指先の感覚や嗅覚をそのまま受け渡されるイメージ。
新田次郎の文体は、そんな児童小説を思わせるものがあります。
風の匂いや土の匂いをふっと感じさせるような、世界をそのまま描写した、飾り気のない文体。
これが好きなんです。
しかもこの、感覚に直接作用する文体でアイガーだのマッターホルンだのという極限状況の登攀を描かれると、本当にその瞬間の空気の匂いが感じられるようで物凄いのです。
 
というわけで現在、新田次郎を爆読中です。
これもいつか読み終わったら、次は遠藤周作かしらん・・・。
 
徒然狸 ―タヌキの日記―
 

筆者は盲導犬尊敬し、個人的に応援しています。
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